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うつ病という人材 100万人時代に復職へビジネスも
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■ asahi.com
(AERA11月20日号) 「うつ病という人材 100万人時代に復職へビジネスも」 優秀でまじめで几帳面。そんなひとだからこそ、かかりやすい病気だ。 次々と器用な能力が流出するようでは、会社にとってもダメージは大きい。 だれもが他人事ではなくなった「心の病」の身近さに、どう向き合うか。(AERA編集部・伊藤隆太郎) 美しい夕焼けの写真が添えられた手紙が届いたのは、10月末だった。 「元気になりました。自宅から夕日がきれいです。仕事、続けられそうです」差出人は、首都圏に住む40代の男性Aさん。優秀なコンピューター技術者だったが、うつ病のために転職を余儀なくされ、ようやく新しい職場で落ち着いた。手紙を受け取った秦政さん(65)は心の中でつぶやいた。 (よかったな……) 彼を支えてきた3年半を振り返り、胸をなで下ろした。 うつは優秀でまじめなひとの病気だ。精神科医の片田珠美神戸親和女子大教授は著書『薬でうつは治るのか?』で、 「うつになりやすいのは、真面目で几帳面、責任感の強い人である。期待される役割を忠実にこなすことに存在基盤を見出している場合が多い」 と説明する。この存在基盤が脅かされることで、うつになりやすい。野村総一郎防衛医科大学校教授の著書『うつ病をなおす』も、「しっかりした性格が裏目に出て生じる」と指摘している。 Aさんと秦さんが出会ったのは03年春だった。当時、身障者雇用のコンサルティング会社を経営していた秦さんが、知人から、 「あなたは詳しいだろう。彼の相談に乗ってくれ」と、助けを求められたのがきっかけだ。 ●2週ごとの面談を1年 従業員1000人を超す大手システム会社に勤めていたAさんは、仕事の能力は抜群だったが、うつ病で通勤すらできなくなっていた。医師の診断では、激務によるストレスが原因。業務が過剰で、押しつぶされていた。 Aさん本人は、休職して治療して職場に戻ることを望んでいた。秦さんも、それが理想だと考えた。ところが会社は、退職金の上積みを示して早期退職の勧奨をした。Aさんは自殺も考えるほどに落ち込んだという。 それから1年間、秦さんは2週間ごとに面談をした。復職の希望を捨てられないAさんだったが、秦さんは会社の状況を聞くたびに、戻っても逆効果だと確信した。 「あなたをここまで崩したのは、職場環境ではありませんか」 と、ひざをつめて語り合う。3カ月後から、共働きの妻も同席するようになり、 「生活は大丈夫。会社にしがみついて、命を削らないで」 と、夫の苦しみに寄り添った。Aさんもようやく転職を決意。秦さんはあちこちの知り合いに連絡をつけ、うつ病に詳しいキャリアカウンセラーを紹介するなど、Aさんの就職活動を支えた。翌年4月、再就職が決まった。 給与がほとんど下がらなかったのも、Aさんの優秀さの証しだろう。秦さんはいま、夕焼けの写真を手に振り返る。 「彼の会社も、専門医によるカウンセリングや緩和勤務の仕組みをつくるなど、メンタルケア態勢を整えれば、優れた人材の流出を防げた。そのほうが組織にとっても幸福なのに、残念だ」 ●組織わかる心理専門家 この経験は、秦さんにとっても貴重になった。身障者雇用には詳しかった秦さんだが、メンタル疾患者への支援は初体験。 「現代はうつ病が深刻な社会問題なのに、企業の意識は低く、貴重な人材損失になっている」 と感じ、自身も新たな職場を得た。いまは健康管理サービス会社のアドバンテッジリスクマネジメント(本社、東京・上目黒)で働く。企業の人事部門などに向けて、「職務復帰サポートプログラム」を展開している。うつ病などによる長期休業者がスムーズに復職できるように、臨床心理士や作業療法士といった専門家を派遣し、組織と個人の両方を支える。 同社リカバリ・キャリアサポート事業部の神谷学部長はいう。 「臨床心理士は、患者との1対1対応が基本なので、企業の組織特性まで見渡したコーディネートができない。一方、そういう分野が得意な経営コンサルタントなどは、逆にうつ病のカウンセリングは苦手です。当社のサービスによって、従業員と会社それぞれの立場を調整しながら復職に導ける」 普通、うつ病患者をカウンセリングする臨床心理士などは、 「休養が必要です。会社を休みましょう」 といったアドバイスになりがちだ。でも、そう簡単に休めないのが会社というもの。組織で働いた経験がなければ、そんな背景を理解しにくい。だから、「組織がわかる心理専門家」が同社のセールスポイント。産業領域をカバーできる臨床心理士を育成している。 ●74%の企業に休業者 最近の研修会に8人が参加した。講師は大正大助教授の廣川進さん(47)。民間企業に18年勤務後、臨床心理士となった。日本臨床心理士会の産業領域委員も務める。企業内のケースをみんなで検討する。 「30歳男性会社員のXさん。業績不振で部署が撤退し、不慣れな別部門へ異動した。仕事が合わないので辞めようと相談に来たが、どうカウンセリングするか」 臨床心理士たちは、うつ病を疑う。「眠れていますか?」「食事は?」。典型的なアプローチだ。仕事の不満もきちんと聞きたいという。そこに、廣川さんがアドバイスする。 「ここではまず、彼の喪失感の大きさを想像してください。組織人にとって、『部門ごと撤退』という大きさが、わかりますか。彼はいま、ぽつんと孤独でいる。その底抜けの無念さ。企業の男性は、なかなか自分から無念さを語らないのです」 神谷さんが補足した。 「本当に会社を辞めたいと思っている従業員は、少数派です。『辞めたい』という言葉しか選べないから、そう言う。でも本音は違う。彼らが活躍できないことは、組織にとっても損失だ」 いま、うつ病は、だれにも身近な病気となった。社会経済生産性本部のメンタル・ヘルス研究所が今春、上場企業218社を調べたところ、6割の企業がこの3年間に「心の病」が増加したと答えた。1カ月以上の休業者がいる企業は74%になる。 厚生労働省による3年ごとの「患者調査」でも、うつ病などの気分障害は99年度の44万人から02年度は71万人に増えている。うつ100万人時代はもう目の前だ。 千葉県の男性Bさん(38)はこの春、勤めていた材料メーカーで、同期社員より早く管理職になった。だが、プレッシャーから2カ月でうつ病になり、いまは休職している。 ●2割弱にうつ病の疑い 会社が準備したゆるやかな勤務時間での「リハビリ通勤」を間もなく始めるという。だが、 「まだ電車に乗ると気分が悪くなり、翌日は寝込んでしまう」 と、自信がない。近所の図書館へ自転車で行くなどして練習しているが、専門医からは、 「もう少し平易なポジションの仕事を探したら」 と助言され、転職しようかと心が揺れている。 人材紹介最大手のリクルートエージェント(本社、東京・霞が関)には、こうした悩みを抱えた転職志望者が数多くやってくる。同社にとっても、メンタル疾患に対する適切な助言ができるスタッフの養成は、緊急課題だ。 転職を支援するキャリアアドバイザーは500人近くいるが、それぞれの経験や技能はさまざま。そこで、選りすぐりのベテラン10人による「カスタマーリレーション室」を設けた。 履歴書のなかに空白期間があるなど、やや転職が難しくなりそうなケースを同室が扱う。1カ月に380人を面接した。責任者の塩間範子さん(35)の実感では、このうち2割弱に、うつ病が疑われるという。 「つまり毎日1人以上、うつの方とお会いしている」 実は、アドバンテッジの秦さんが支えたAさんの場合は、うつの病歴を隠したまま転職した。しかし、リクルートは基本的に、病歴を開示して就職活動をするように勧めている。 「開示せずに再就職をしても、あとから再発して、本人と企業の両方が大きなダメージを受けるなど、何らかの問題が起きるケースが多いからです」 と塩間さん。通常のアドバイザーの心情としては、転職志望者にはハイレベルの仕事を導きたい。しかし、メンタル疾患がある場合は、むしろ平易な仕事へと橋渡しをしたり、転職そのものを制止することも必要になるという。 ●1人ではすまない損失 一見すると、転職を止めるなんて、就職支援会社には損失のはずだ。しかし、そうではない。疾患を見抜けずに転職させては信用失墜になり、かえって損害だという。 だから防衛的側面からも、高度なキャリアアドバイス能力が求められている。さらに将来は、うつを回復させつつ転職を実現させるような事業モデルを構想できれば、利益も生み出せるという。 「結局、最大の障害になっているのは、社会全体の無理解です。本来なら貴重な人材を、企業がきちんと使いこなせない」 と、部長の深谷泰久さん(47)。うつ病への偏見をなくそうと、企業向けのCD−ROMを作った。 病気の特徴をわかりやすく解説し、病歴がある入社希望者へのサポートや、社内整備の仕方をまとめている。いわば、うつという人材の活用ノウハウ集だ。顧客会社に配ったところ評判となり、問い合わせが増えている。 うつ病などの従業員の健康管理をサポートする取り組みは、EAP(従業員支援プログラム)と呼ばれる。ここ数年、専門会社が増えるなど、発展している分野だ。 先駆け的な会社である保健同人社(本社、東京・一番町)では、受注が急増している。同社の「心の相談室」が取り組む電話相談の契約企業数は、99年の113社から昨年度は257社へと倍増した。利用者数や実際の相談件数でみれば3〜5倍だ。 スタッフは30人。臨床心理士の鈴木圭子さんと石井実夏さんは、ともに民間企業の勤務経験がある。 「受注の伸びは、企業側の姿勢の変化でもあるんです。優秀な1人の従業員をうつ病で失うと、会社への不信感が広がるなど、損失コストは周囲の何人にも広がる。放置したり対処を誤れば、組織全体の意欲が下がる。そのデメリットを、企業自身が実感してきた」 ●会社をあげた態勢必要 ある1000人規模のIT企業には、3年前からEAPづくりを支援している。全社員へのメンタルヘルス診断や管理者層への研修などを通じて、うつ病の早期発見と対処につなげているという。 うつを患った従業員が復職できるようにするには、会社をあげた態勢が必要だ。中途半端では、意味がない。彼らが困難を克服しながら働けるように、医療専門家の視点を入れつつ、組織や勤務を全面的に見直す。再発防止策もいる。そもそも会社はリハビリ施設ではないから、外部の専門機関との連携だって必要だ。こうした大がかりな取り組みには、経営者の理解と決断が不可欠だ。 「結局は、企業の姿勢の問題です。従業員を大切にしない組織では、『こんな会社で働いても……』と、みんながやる気をなくす」 と鈴木さんらは警告する。大正大の廣川助教授もいう。 「苦労して採用し、長年かけて育った人材が、うつ病で次々と辞めてしまう。そんなことでは企業にとっては大きな損失です。メンタルケアとは結局、きっちりとやるほうが得なのです」 うつ病という人材を支えることは、会社そのものを成長させることでもある。 |
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